西南学院大学卒業後、2013年、新卒で株式会社ホープに入社。
2013年04月 ホープ入社 セールスプロモーション部 セールスプロモーション課へ配属 自治体広告の提案営業に従事
2014年05月 リーダー(係長)昇進
2014年08月 年間「MVP」受賞
2016年06月 社長室 経営企画課へ配属 新規事業の立案・企画に従事
2017年06月 社長室 事業開発課へ配属
2018年07月 社長室 エネルギーソリューション課へ配属 課長昇進
2019年07月 エネルギー事業部発足 部長昇進
2019年08月 年間「社長賞」受賞
2020年07月 執行役員昇進
2020年10月 株式会社ホープエナジー取締役就任

事業部長陣で唯一の新卒。座右の銘は「悪名は無名に勝る」。

大企業志望から結果主義のベンチャー企業へ

初めての就職活動の際は、いわゆる大企業に行きたいという考えで選考を受けていました。選考した2社中、2社とも最終面接まで進み、安心していたところ双方不採用に。
その後、就職浪人して、社会人になれば同年齢の後輩になる事実に直面し、結果を出せばすぐに追い越せる、給与も見込めるベンチャー企業に志望をシフトして2回目の就職活動を始めました。その際に、偶然説明会に参加したのがホープです。当時の説明会では、社長の時津が「半端な気持ちで当社に来ないで欲しい、こちらから来てほしいとお願いすることはない」と何度も言っていたのを今でも覚えています。それまで参加した他社の説明会では聞いたことのない時津の言葉に惹かれ、選考に進みました。選考が進んでいく中でも、時津と会社の可能性を感じ、この会社で働くことを決断しました。

成功するか辞めるかの覚悟で挑戦

入社後3年間は、民間企業への広告提案営業を行い、新人賞や年間MVP獲得等、順調に進んでいました。
4年目で、新たな挑戦をしたいと考えていたタイミングで新規事業立ち上げの部署に異動。しかし、社内での前例も少なく、自身にとっても初めての経験で、1年間は全く結果を残すことができずに苦しい時期が続きます。どこか自分の中に甘い考えがあるのではと、新規事業担当の2年目は、今年結果を出せなければ会社を辞めようと覚悟を決めて挑みました。その結果、今や会社の9割程度の売上・利益を担うエネルギー事業を立ち上げることに成功しました。
新規事業と聞くと、新しいことができて楽しそうというイメージがありますが、実際やってみると全く華やかではないし、いつ結果が出るか分からない、ゴールが見えない中、自ら道を切り開いていかなければいけません。精神的な負荷がかなり大きかったです。その中で「0」から「1」をつくることに挑戦し結果を出すことができたことは、社会人として大きな経験になりましたし、なによりも自信につながりました。

事業部長として考えていること

1つ目は、会社に新しい文化をもたらすこと。ホープの企業文化というのは良くも悪くも浸透していてある程度出来上がっているものに感じます。 エネルギー事業部は新しい事業モデルであるからこそ、組織文化も新しくしたい。自分の事業部から新しいことをどんどん取り入れていくことで、部に留まらず、会社全体にも新しい風を吹き込みたいと考えています。今まさに、仕事に対する新しい価値観を醸成させ、労働集約型からの脱却、服装の自由やMTGの廃止など様々なことを試し、働き方を変えていっています。

2つ目は、部署で働いてくれるメンバーを幸せにすること。自分の大事な時間をホープで、エネルギー事業部で使ってもらうわけだから結果を出して達成感を味わってほしいし、それに伴って年収も上げていきたい。直接的に彼ら彼女らを幸せにすることはできませんが、そのための道や道具は渡してあげたいと考えています。

もちろん事業部長として、予算を守ることは大前提です。

自分の成長がそのまま会社の成長につながる

結果を出している人間を評価する、貢献している人間に対価を戻すことに一貫している会社です。私が新規事業を任されたように、年齢に関係なく仕事は任せられますし、自分の仕事次第でどうすることもでき、正にベンチャーでの働き方を体現できます。今、自分が作った事業でも、そのまま会社の業績や株価に影響を与えていて、自分の成長がそのまま会社の成長につながる会社であることに身をもって実感しています。

会社の成長を導き続ける存在でありたい

あと数年は、エネルギー事業部を成長させ続けることで、会社の成長を導き続ける存在でありたいです。今後、エネルギー事業部のように新たな事業やサービスが立ち上がるまで、会社の数字を守り続けることも自分の使命だと思っています。 他で新たな事業が立ち上がり、エネルギー事業部への負荷が小さくなったら、もう一度自らの手で事業を立ち上げる道も考えています。

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